date | 2017.3.12
共感するかしないか、というシンプルなこと。

Houzz

教えられたわけではないけれど、小さな頃から、心は胸にあると思っていた。
「心があるのは頭やで。」なので従妹がそう言ったとき、軽く衝撃を受けた。
心は、臓器のように形のある何かだと思っていて、頭のどこに入る余地があるのだろうと、小さかった私は混乱した。
心の場所は胸だという人、頭だという人にどうやら二分されるらしいことが分かってきたのは、大人になってからだ。

息子の幼稚園選びの際、お勉強幼稚園として有名な某園の説明会へ行ったことがある。
柔和な笑顔を浮かべて園長先生がお話しになった大筋はこうだ。

心は頭にあります。私たちは園児に勉強をさせているのではない、心を育てているのです。
幼く柔らかい頭はスポンジ似て、何でも吸収します。この時期を逃す手はありません。
心が胸にあると思っているお母さんがいるかもしれないが、間違っています。胸にあるのは肺や胃や、要するにただの臓器でしょう。食事を摂っていれば臓器は勝手に育ちます。音楽を聞いたり本を読んだりしても何かを吸収したりはしません。胸に意味はない、大切なのは頭です。・・・

驚きの声が喉の奥から飛び出そうになるのを抑えるのに苦労した。
幼稚園経営が成り立っているということは、共感する人が一定数いるということだ。
全く場違いな場所へ自分がいるような気がした。大演説を聞いているうちに苛々してきた。説明会の終わりまでおとなしく座っている気になれず、途中退席してそのまま園を後にした。

正しくもないし間違ってもいない、良くもないし悪くもない。あるのはただの事実だけ。
要は共感するかしないかという、とてもシンプルなことに過ぎないのに、反対意見を支持する相手に対して反発をしたり、異論を唱えたり、わざわざ小難しく生きているものだなと人に感じたとき、よくこのときのことを思い出す。
自分だってそうだ。共感するかしないか、ただそれだけのことにいちいち目くじらを立てる必要はなかったのだ。

ちなみに息子は、その園とは対極のゆるゆるのびのび幼稚園へ入り、2年間遊びに遊んで卒園した。
園選びが正解だったのかどうか、今となってはもう分からない。

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